NTT青森支店が運営する青森県の観光情報サイト「I Love 青森まるごと View」のスタッフたちの活動日記

2009/9/7 月曜日

三内丸山遺跡・縄文大祭典へ行ってきました

Filed under: 青森県の祭り, 青森県の遺跡, 青森県の観光 — スタッフ @ 10:38:35

三内丸山遺跡会場で縄文大祭典が開催されるというので、早速行ってきました。

パンフレットによると、発掘調査現地説明会・特別収蔵庫見学会・パネリストたちによるフォーラムそしてお月見コンサートなど、盛り沢山で楽しみいっぱいの内容となっています。

時遊館

10時少し前に到着したのですが、すでに大勢の人々が訪れて熱心に会場を回っています。私は、見学は後回しにして、まずは体験学習(縄文グッズ作り)にチャレンジ。不器用な私ですが、講師から手取り足取り教えていただき、汗をかきながらもこんな立派な勾玉(まがたま)を作ることができました?!(通常は材料費320円がかかるそうですが、今回は無料でした)

勾玉

次はいよいよ見学です。ボランティア・ガイドさんのユーモアたっぷりでためになる説明にうなずいたり聞き惚れたりしながら、50分かけて遺跡群を一周。

石碑 見学風景 土中の土器 室内

ガイドさんにお礼を告げてここからはひとり行動です。まずは展示室へ。展示室前の水飲み場にステキなモニュメントがあったので、写真をパチリ。

水飲み場モニュメント

次は、全国的に有名な六本柱と大型住居です。4500年から5000年も前にこんなにも大きな建造物を作っていたなんて、古(いにしえ)の人々の英知に改めて感心することしきり!六本柱の大きさをとくとご覧ください。

六本柱01 六本柱02

大型住居01 大型住居内部

時間を忘れて歩き回っていたところに突然ケータイが鳴り、残念ながらここで見学終了。夜のお月見コンサートまで一日中楽しもうと思って来たのですが、本当に残念の一言。後ろ髪を引きずられる思いで帰途につく私でした。(Y.S)

参考:三内丸山遺跡ホームページ 

 

2009/4/17 金曜日

青森歩兵第五連隊跡

Filed under: お知らせ, 青森県の遺跡 — スタッフ @ 10:01:12

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県内で有名な進学校の1つである、青森市桜川にある

青森県立青森高等学校です。

実は、校舎が建つ前は、日本陸軍8師団歩兵第五連隊の兵舎がありました。

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五連隊は八甲田雪中行軍で有名です。 2008/6/16の記事

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現在の青森高校の正門(旧)は五連隊の正門がそのまま使われています。

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改築された現在の正門(新)   (FK)

2009/3/13 金曜日

冬の三内丸山遺跡を訪れ 感激!

Filed under: 青森県の四季, 青森県の遺跡, 青森県の観光 — スタッフ @ 15:56:59

寒さも和らいだこの日。特別史跡「三内丸山遺跡」を訪れた。激寒の青森で4500年前の縄文人はどのような暮らしをしていたのか、興味を覚えたからだ。ある書物では、その頃は今より温暖化であり、この辺りまで海の水が迫っていたと記している。

遺跡へは、「縄文時遊館」を通って行くことができる。縄文時遊館は三内丸山遺跡の入口であり、また入門編の人々にとって全体像を捕らえるにはもってこいの場所(施設)である。

入口モニュメント 入口全景 ジオラマ

案内に従って進んでいくと、ほどなくドアがあった。力強くドアを開けると、一面銀世界の向こうに縄文の集落が見えるではないか。思わず背筋に冷たいものを感じた。

遺跡群入口 遺跡群 竪穴式住居

やはり目に付いたのは、大型掘立柱建物跡(通称:六本柱)である。驚くことに、その建物を支えているクリの木は直径約1メートルもあり、21世紀の今日まで腐らずに残っていたのだ。縄文人の知恵に驚かされる。

クリの木02 クリの木01 六本柱

まだまだ寒さが続きそうな青森のためか、人影も少なくゆっくりと見て回れたことに感謝。たまには遠く古(いにしえ)に心をはせるのもオツなもんですねぇ。(Y.S)

六本柱と大型竪穴式住居

 

2008/6/16 月曜日

新緑の田代湿原

Filed under: 青森県の四季, 青森県の遺跡, 青森県の文化 — スタッフ @ 9:55:47

 tutuji gudari

青森の田代湿原では、新緑の季節を迎えました。
グダリ沼は、八甲田山域から地下水が地上に湧き水となり、青森市内へ流れでる駒込川の源流です。

numa1 numa2 hana

話はがらりとかわりますが、その田代湿原から10数キロ下りたところに雪中行軍遭難記念碑があり、後藤伍長の銅像が建立されています。

zou kanban1 kanban2

1902年明治35年1月23日、日本陸軍8師団歩兵第5連隊210名が、ロシアとの戦争に備え、寒冷地における戦闘の予行演習として雪中行軍を実施した。
その途中で猛吹雪に遭い三昼夜にわたり孤立し、その惨状を連隊に報告すべく命をうけた後藤房之助伍長が、豪雪の中仮死状態で佇立しているところを発見され、そのかすかな発言により遭難事件のあらましが明らかになった。

さらにそこから10数キロ下りたところに幸畑陸軍墓地がある。
hasira tizu

隊員210名のうち199名が死亡し、生存者はわずか11名であった。

seizon生存者11名の碑

小説も映画もTVも見ました。ノーカット完全リメーク版も見ました。お盆前の夏の盛りでしたが、会場を出たら背中にゾクーと冷たいものが走ったのを今でも覚えています。

sikan士官10名の墓標

kasikan1准士官・下士官94名の墓標

kasikan2准士官・下士官95名の墓標

同時期に青森5連隊と弘前31連隊が雪中行軍を行っていますが、指揮命令権の問題や、部隊の編成の問題などいろいろな面が指摘されるが、あくまで史実だけを紹介させていただきました。

2006/9/14 木曜日

出来島・埋没林を訪ねて

Filed under: 青森県の遺跡 — スタッフ @ 17:15:18

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あてもなく車を走らせていると、「出来島の埋没林」という看板が目に飛び込んできました。そこは10年位前に一度訪れたことがあり、その時の感動が昨日のように思い出され訪れることにしました。

その場所は青森市内からつがる市木造方面へ向かい約1時間半ほどの所にあり、埋没林は波荒き日本海に面した七里長浜の大砂丘の絶壁の土中にあり、なんとその長さは1,000メートルにも及んでいます。
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  (入口の立看板)

早速、駐車場に車を止め、海に向かって続く階段を下りてみました。
20段ほど進むと、目の前に雄大な日本海と大砂丘が現れ、その左右には太古を感じさせるどす黒い色の絶壁がはるか遠くまで続いています。
夕方3時過ぎということもあり、ひとりの釣り人が糸を垂れている以外には何も目に入りません。辺りはひっそりと静まり返り、ただ押しては引き返す波の音だけが心地よく響いています。
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               (入口と階段と絶壁)

いよいよ埋没林とのご対面です。
絶壁をゆっくりと見渡すと、そこには2万5千年の眠りから覚めた埋没林の姿が凛(りん)として存在しており、その存在感には圧倒されてしまいました。
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      (土中の埋没林)

「ここの埋没林は、最終氷河期(約8万~1万年前)後期の極寒期に洪水などの急激な環境変化によって針葉樹が水没し、その根が水分により真空パックされたため腐らずに残ったもので、同時期の地球環境や植生を知る上で貴重なものとなっています。」との入口案内板に納得。
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    (案内板)

ゆっくりと波打ち際を歩きながら日本海を眺めると、先ほどまでキラキラ輝いていた海面が心なしかその輝きを失ってきたようです。
人の魂を揺さぶる「出来島の埋没林」へ、是非、皆さんもお出かけください。
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  (夕方の日本海)

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